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いずれのときに

y.nozaki000@gmail.com

  1. 考察、今日の日本における宗教

 

1、概要

 現代の日本人の宗教観について、戦前の国体として造られた天皇制、その捻れから生まれた新宗教、そしてオウム真理教が生んだ宗教忌避感覚について記載し、今後の日本人の宗教観について論じる。

 

2、国体思想

 日本の宗教を歴史として語る際に、まず何処から語るべきかという問題に躓く。これは「日本という国家の歴史」を考察する上で生じる問題と同質、というより宗教に国家が包含されていた事に起因する。神道における、祭祀を執り行う最高神官たる天皇が、神仏習合という現象の下に仏教を信奉、ないしは取り込んでいく歴史は、はっきりとした線引きを設けぬ、その都度選択可能な渾然一体とした宗教観と考えれば興味深い。だが、現代日本の宗教を考える上では、神仏分離の動きの中で神道から仏教が隔離され混じりけの無い宗教的な何かが生まれた、明治維新での神仏判然令から考えるのが適当であろう。

 補足として記すと、現代においても指摘される渾然一体とした宗教観は、アニミズムに端を発し八百万の神という物語が象徴している。また、文明の発展は自然との対峙にあり、森を切り開き[1]城壁を建設した西洋に対し、草木国土悉皆成仏という思想に表れる、自然とはっきりした境界を持たなかった日本という観点は、当時の被支配者達の宗教観を捉える上では重要な視座である。しかし、ここでは当時の人々を考察する事は余談にしかならないので、割愛する。

 信教の自由が文面上保証された大日本帝国憲法ではあるが、神道は格別の地位にあった事は、1900年に社寺局が神社局と宗教局に別れた事からも明らかであろう。また、神社非宗教論や神社問題を経て、1932年の上智大生靖国神社参拝拒否事件において「参拝は愛国、忠君のためのもの」という公式見解が示され、これは国家神道、つまりは天皇制支配の下での信教の自由を意味する。神道キリスト教などの他宗教と等価ではなく、国家が規定する国民の前提条件なのである。そして、天皇機関説へずれた批判を浴びせる国体明徴運動から、1937年文部省により『国体の本義』が教育機関へと配布された。

 日本の近代化を支えるために造られた国体思想、過剰なる共同性を実現するために擬制として設けられた神聖不可侵なる天皇は、まさに超越性の装置となり、2.26事件から軍部の伸張、太平洋戦争を経て、人間宣言をもって、一応の幕引きを演じる事となる。

 

3、戦後の新宗教の推移

 現人神としての天皇陛下信仰は、玉音放送昭和天皇ダグラス・マッカーサーの会見写真の衝撃から推し量られ、現在でも一般参賀などから多少の影響力を感じる事も出来る。とりわけ、終戦直後の天皇信仰が国民にどれほどまでに根付いていたのかを示す事例として、璽宇と天照皇大神宮教が特筆に値しよう。

 どちらも終戦食後に大きな発展を遂げた宗教団体で、特徴として人間宣言により現人神ではなくなった天皇から、神聖がそれぞれの教祖へと移り宿ったという点に共通性が見られる。そして、どちらも多くの信者を集め、敗戦の傷跡、ひいては現人神たる天皇の欠如を埋める宗教として機能していた事を意味している。

 また、1946年に発刊された柳田國男の『先祖の話』も、天皇神話崩壊後の人々の心理的な補償となり、そしてこれは高度経済成長期の新宗教の勃興へと繋がる。柳田は、地域共同体として農村を挙げ、祖霊を氏神、つまり山の神=田の神として豊穣の祈りを先祖崇拝と結びつけた。ここでの先祖崇拝とは家永続を指し、これは地域永続から日本永続へと容易に読み替えられ、近代日本のイデオロギーへと変換されたものだが、村落共同体における規範意識の形成、維持を説明出来る。しかし、50年代より始まる高度経済成長は人口の大規模移動を促し、農村を基盤とした信仰体系からの分離が進む。伝統的信仰から切り離された都市へ出た人々の孤独を埋めたのが、PL教団天理教創価学会、そしてオウム真理教といった新宗教である。

 1995年の地下鉄サリン事件は、宗教嫌いの日本人を、無宗教有神論者を生んだ。終戦から50年後の出来事であり、神だと信奉していた存在が捏造された物だと知り、そして、とある教団のとある神が、牙を剥き無関係である我々の平和な日常を破壊してしまう危険な存在だったと知った。

 この二つを日本宗教史における事件として捉えると、新宗教(類似宗教)現象がオウム真理教により飽和点に達し、人々を宗教からまた改めて突き放したという点で再帰性を見いだす事が出来る。戦後に破壊され形骸化した天皇制の代替品として隆盛した新宗教は、破滅へと向かう遺伝子を誕生の際に既に孕んでいたのではなかろうか。つまり、自覚的に自らが「天皇である」と名乗りをあげたり、あるいは無自覚に擬制としての敗北した天皇制を母体として誕生しており、その最たる影響が1995年の事件として繰り返されたのだ。[2]振返れば、維新後から大戦に到るまでの天皇制の変化も、複雑怪奇な体制であった。超越者として君臨しているはずの神が、御前会議における発言力の無さを憂う姿も、機関という言葉に過剰な反応を読み取った良識なる学者達の滑稽さも、愛国忠君のために立ち上がったはずの殉国烈士達が浴びたご聖断の皮肉さも、近代化の達成の為に設けられた擬制によるものだ。しかも、国民を非情な兵器とし、国家を一つの擬似的な有機体とするイデオロギーの装置としての天皇制は、今なお形式上残っており個々人に複雑かつ不思議な存在として、憲法上国家、国民統合の象徴とすらされている。ここで指す主権とは誰の事かも定かでは無い。

 今後もこの二つの事件は日本における宗教そのものに、永続敗戦論同様に、亡霊のようについて回り暗い影を落とすだろう。そこで、そもそもの大本であり、この構造上あまりにも歪な存在である、天皇制について、今考えてみたい。

 

4、天皇制の現在

 まず、古来より同様に中国の影響を受け、20世紀にも日本と似た様な挫折と社会発展を経験した韓国社会の宗教と比較してみたい。米国CIA編纂の『The World Factbook』によると、日本のキリスト教人口が1.5%に対して(神道は79.2%、仏教は66.8%とあるように、どのようにデータ収集をしたかは疑問だが、キリスト教徒数の比較という点においてのみ用いる)、2010年の調査によると、韓国のキリスト教人口は31.6%、仏教が22.4%、無宗教は43.3%と示されている。これは、日本において新宗教が埋めた穴を、韓国においてはキリスト教が埋め、これは社会発展における宗教の寄与を示している。

 韓国におけるキリスト教の役割を、終戦直後の日本では新宗教等が果たしたというのは先に述べた通りである。では、元々はそこに座していた超越性の象徴としての天皇は、戦後どのように振る舞ったのだろうか。1945年の神道指令により、国家による神社への干渉は廃止されたものの、天皇自身の信仰についてのいかなる言及もなされなかった。ゆえに、なおも宮中祭祀は執り行われ国家神道の完全なる解体はなされなかったのである。天皇制の継承は戦前の歴史的日本と戦後の日本を容易に同定、というよりも断絶など無かったかのような振る舞いを国民に見せる。近年見られる歴史修正主義もここに端を発し、ドイツが戦中の歴史的ドイツをナチスと置換して客観的な語りを可能にしたのに対し、大日本帝国をも同一化してしまう、国家の象徴として続いてしまったこの制度は、永続敗戦論と言われるような状況を作り出した根源でもある。

 この点における戦後処理は、“天皇個人”の信仰の自由を尊重した、いかにも西洋的な判断と言える。そして典型的なオリエンタリズムであり、日本という国家への理解の欠如とも言えよう。そして、そのような尺度しか持たないGHQの監督のもと1946年の人間宣言を経由し、日本国憲法が公布、1947年に施行される。

 「朕と爾等国民との紐帯」から始まる、いわゆる人間宣言は、国民と“朕”との紐帯について確認した詔書だが、この“紐帯”という文言には“朕”という一人称同様、もはや有効性を感じる事は出来ない。そして、それよりも重要なのが憲法である。第1条、天皇は日本という国家の象徴であり、国民統合の象徴であり、そして、どうやらこの地位は主権者たる日本国民の総意に基づくものであるようだ。国民統合の象徴という文言は憲法改正要綱には見られず、GHQの要請案の中で「人民の統一の象徴」、またこれに基づく改正案として「日本国民統合の標章たる」というやり取りの中で変化していった物で、天皇主権をどのような形式で存続させていくかという点に焦点をあて綴られてゆく上で形成された表現と言えよう。国家の象徴としての天皇は、対外的な象徴としては機能しているように思える。[3]しかし、個々人が国際化の中で客観的に国家=日本を語る際には、腫れぼったく触れがたい、あまり有り難くは無い存在の様に扱われている様に思える。自分探しという、自己の欠如を全肯定する恐ろしい言葉の流行は、大前提である国家による国民の規定が一部機能不全を起こしている事を指しているのではないだろうか。

 問題となるのは、日本国民の総意に基づく地位である。この認識は、当然立場により変化するが、それよりも世代による分類がある程度可能で、2015年公開の橋口亮介監督による『恋人たち』における、平凡な主婦が「皇太子妃雅子様に嬉々として日の丸を振る若かりし日の自分」をVHSで懐古するシーンにおいて描かれる。今上天皇立太子の令や、慣例を破ったテニスコートでの自由恋愛[4]、ミッチーブームは戦後の復興を考察する上で重要ではあるが、現皇太子と現皇太子妃への熱狂は何を意味するのだろうか。恋人たちは現代社会を生きる日本人の絶望を、それでも生きるしかなく、そして生きていけてしまう病的な在り方を描いた作品である。戦後生まれの皇室ファンは、憲法上明示されなかった神聖性をワイドショーから独自に読み込み、そこへ流れ込む非神聖=穢れである雅子妃に自己を投影し、憧憬する。だからここで描かれる平凡な主婦は、作中で少女漫画を描き白馬の王子様を待ち続けるのだ。戦後の皇室ファンが現人神を否定する天皇家に、神聖性を読み取り消費する構造を『恋人たち』は特異な物として描いているのだ。

 また、ネットに慣れ親しんだ若者たちの天皇制への距離感の取り方は更に複雑で、ウヨク、サヨクとの結びつき、レッテル張りを避ける為に、積極的に意見を持たず、twitter上で最も身近な偉い人、いわばネタとして消費されている。[5]

 論壇や文壇における天皇制に関する議論も見られなくなり、三島由紀夫の『文化概念としての天皇』など、隔世の感がある。また、安倍首相による『日本的な物への憧憬』には、右傾化、戦前回帰、はては、日本国民は馬鹿だからこのままだと大日本帝国が復活してアジア諸国へ進軍する様な軍事国家になるという面白可笑しい指摘がなされているが、これはある種、天皇制が無化されていく流れへの反動と、それに対する批判とも読み取れる。

 

 ワイドショーで近代階級社会のパロディとして消費され、あるいはネット上でそのままネタとして消費されている天皇制が、超越性など持ちえない事は言うまでもないだろう。しかし、人は超越的な何かを求める。だが、宗教嫌いな日本人達が他の宗教を代替品として用いる事は困難であり、歪んだ体制が育んだ宗教観を払拭してからでなくては、また悲劇を再演する事になる。

 幸運な事に、現政権は施行以来一切手を加えられなかった憲法改正を志向しており、これを良い機と1条に関する議論を始める事も可能ではないだろうか。それは単純な継承でも、単純な無化でもあってもならない。

 戦後の歪な宗教観を生んだ、なんだかよく分からない天皇制について議論し、その後改めて、美しい国とやらを今改めて作り直しても良いし、終わる事の無い戦後を総括しても良いのである。不思議な国の、不思議な宗教観を、今改めて考える。これが、今後日本人がまず持つべき宗教観である。

 

 

参考文献

島田裕巳『戦後日本の宗教史』 筑摩書房、2015年

橋爪大三郎『世界が分かる宗教社会学入門』 筑摩書房、2001年

衆議院憲法調査会事務局『日本国憲法の制定過程における各種草案の要点』 2000年

 

[1] 創世記には、自然は人間の従属物である旨が記されており、自然支配の人間中心主義が包含されている。

[2] 無論、戦前から続く宗教団体も複数あるが、敗戦の影響を受けてな

[3] 違憲とする立場もあるが、割愛

[4] 当時の宮内庁長官は恋愛の形式が自由恋愛であった事は否定している

[5]天皇さん誕生日おめでとー、あまり絡み無かったけど、これからもよろしくね!」という文言がネット上で反響を呼んだ

選挙を控えて


 この自由の潮流そのものに、もはや眩暈を覚える。

 記憶に新しい所で、英国が国民投票により欧州連合から離脱した事が挙げられる。
EUをめぐる動乱は2009年のギリシアの財政破綻から始まったと考えれば、古代の哲人達が民主主義の危険性を説いたというのはひどくアイロニカルだ。
われわれは今、民主主義について考えるべき時なのかもしれない。

 来る7/10、第24回参議院議員通常選挙の投開票が行われる。
今回の選挙について、私が考える論点は二点ある。それはとても単純な物で、憲法改正に関する議論と、若者の選挙への眼差しについてだ。

 まず、前者、憲法改正について。
これは自民党が今回の参院選の公約に憲法改正を明記した事に端を発し、
それでいて具体的な憲法改正の議論を避け、経済成長をのみ選挙の争点にしようとする選挙戦略への不信感だ。
2006年発足の第一次安倍内閣のスローガン、
「創りあげたい日本がある。美しい国、日本。」
戦後レジームからの脱却」
この二つを見るだけでも、安倍首相が強く憲法改正を指向している事は看取出来る。
憲法とは、原則として国家権力の濫用を防ぎ、国民の権利を保証するものであり、近代国家の基盤とも言えよう。
日本国憲法は戦後間もなく施行され、押し付け論が虚しく聞こえる程の年月を経て一度の改憲もされぬまま今に到る。
そして今、その長い歴史に変化の兆しが訪れた。それも望ましいとは言えぬ形で。
2011年に提出された憲法改正草案は、積極的な改憲派知識人を護憲派へと変心させる程の代物だったわけだが、今回の選挙で憲法改正についての議論を自民党が避けるために、「安倍政権による改憲を是とする人、それに反対する護憲派」という構図が出来上がってしまった事は悲劇でしかない。しかも、前者の立場は厳密に言えば「自民党以外に政権を任せられる政党が居ない」という信念の下に投票先を決定しているだけに過ぎない。そして、参院選での勝利を、公約に載せているのであるのだから、民意は改憲を望んでいるのだと解釈される、過剰な悲劇は喜劇に映るとはまさにこの事であろう。

 次に、選挙権年齢が18歳へと引き下げられた事に関連する、若者はどのように選挙を見ているのかという事について。
投票を促す多くの声に、戸惑っている人も多いのではなかろうか。選挙は義務だ、いや権利だ、しかしどちらにしても選挙には行くべきだ、この種の論調はもはや暴力的な響きすら帯びる。
一般的に、政治家は人を政治から遠ざけようとする。とりわけ与党はそうであろう、十分な票田がある以上、全体の投票率が極端に下がらない限りは、どう動くか分からない新規票など無い方が良い。だから、アイドルに選挙へ行こうと言わせる広告を出し、選挙カーから自分の名前を壊れた人形の様に叫び、政治をダサい物としてパッケージング化している。これは政治について関心のある若者を見事に絶念させ、そして若者が政治を語る事に違和を覚えさせるのだ。
さらに言えば、党議拘束に縛られた政党に所属する個人に期待など出来ず、そもそも与党となる気のない政党にも同様の感覚を覚え、野党第一党が政策よりも与党のネガティブキャンペーンに終始する姿に絶望すら覚え、最後に絶対的な世代間闘争に帰結する。
この状況下で、政治に関心のある若者が、どのような関心を抱いて政治について思考しているのだろうか。国家を憂いた愛国者の皮を被り、解体不可能な構造を前に、娯楽物として消費しているのだろうか。

 希望を生む事が無いなまぬるい絶望を抱え、明日投票場に行く。