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いずれのときに

基本的にネタバレあります y.nozaki000@gmail.com

地点 『忘れる日本人』 kaat神奈川芸術劇場

地点『忘れる日本人』

THE JAPANESE, WHO FORGET

 

処女戯曲『みちゆき』でAAF戯曲賞を受賞し、

彗星のごとくあらわれた俊英

松原俊太郎の最新作にして大作、

『忘れる日本人』にKAAT×地点が挑む! 

椅子のない部屋、出口の封鎖された公園、坂の真ん中の我が家−−−−

外へ逃れることが決してできない三つの場所、三つの時間

いつものポピュリズム、こんにちは全体主義、世界同時多発(する)愚劣、ああイデオロギー……

マジックミラーにぐるりを囲われた糞ったれな今このとき

わたしとあなたのあいだに〈愛〉は可能なのか

黙らない。手離さない。希望なんて言葉では追いつかない。

期待と忘却の織りなすリズムにのれ!

 

 『演劇空間へと足を踏み入れるともうすでに演劇は始まっている』

 地点の舞台を見るといつもそんな事を思う。開演前の注意事項の挨拶や終演後のカーテンコールは日常空間と非日常空間の仕切りとして、ある種の儀式への没入または解放として機能するが、一部の演劇ではそうはいかない。開演と終演の合図を意図的に排除する演出も珍しいものでは無いだろう。

 地点の場合は、その合図を明確に設けてはいるのだが、むしろ日常と演劇という境界を積極的に融解するような印象を受ける。今回の舞台美術は特にそれが顕著であった。

 中央には木造の舟が置かれる。水に浮かぶかはともかく、一目見て分かる頑強な造りでその物質性に劇中での効果に期待を抱くには十分な代物だ。一方で、陳腐なビニール紐で舞台の四方が区切られていた。

 広い空間に傾斜のついた客席があり、その前方にビニール紐と舟がある。厳密に言えば、今回の演劇空間には舞台と客席の明確な境目が存在しない。演者が演じるために使われるであろう空間がおぼろげに指示され、そしてそれを控えめに強調するかのようにビニール紐で区切られているだけだ。そしてその区切りも劇中演者により容易に崩壊させられる。

 陳腐な境界(boundary)を設け、それを苦もなく越境する。越境した先で役者は水中を浮かぶクラゲのように振る舞い、境界の内側へとまた引き戻される。役者の衣裳も、現代日本のサラリーマンや漁師、あるいは南方系の民族衣装など象徴的に配置されていた。そして、彼らはみな胸元に日本の国旗を掲げている。終盤、その国旗を舟へと貼り付け、そしてその舟を「わっしょい」という掛け声をもってして神輿のごとく皆で担ぐのだ。

 今回の演出で最も象徴的であったのは、摺り足である。ことあるごとに摺り足で舞台上を移動するのだが、重いものを持ち運ぶ時の動作のように思えた。われわれは意思に関係なく様々なものを背負い生きている。それは自分が成し負ったものもあれば、気が注げばまとわりついていたコードのようなものでもある。煩わしいと思いながらも、社会/国家で他者とともに生き続ける限りは、不条理であろうと総体の和の承認のためにそのコードを尊重しなければ生きていくことが出来ない。

 それは、大文字の他者/曖昧な一人称複数のわれわれが背負わねばならないものかもしれない。しかし、それをどのように引き受けているのだろうか。今回の表題に直結するような台詞があった。

「繰り返さないと言っていたのに、一年後にはそれが忘れないになった」

 真正面からは背負わない、しかし背負わないわけにはいかない、故に負担の少ない場所でそれを引き受ける中途半端な態度というものがある。そしてそれは誰かに負担を強いているとも言える。

 

 地点、『忘れる日本人』

 舞台上に設けられた越境される陳腐な境界、日本国旗を胸につけたサラリーマンや漁師や民族衣裳を身に纏う人々、その国旗を外して舟に貼り付け、そして結局はその舟を担ぐ。この舞台は国境を持った国家のメタファーであろう。そして、承認無く背負わされる空気/コードの不自由との折り合いをどうつけるかにテンションが置かれる。

 劇中もっともショッキングであった場面は木組みの頑強の舟を役者が持ち上げようとするシーンだろう。配置が一方に偏っていたため舟は斜めに傾いて、負担を一身に請け負った演者の一人が演技を捨てて助けを乞いスタッフが慌てて駆け下りてきてその演者を救出するのだ。神輿の経験がある者であれば分かるだろうが、神輿を担ぐのは重心を誤ると非常に危険な行為である。もっとも、このハプニングは毎公演行われていたそうなので演出なのであろうが。その直後に、七人では持ち上げられないことが明示された舞台は、客席に援助を乞う。そこに十数人の観客/友達が加わり、舟は出航を果たす。

 完全なる忘却は不可能だが、目を外らす事はいくらでも出来るだろう。しかし、それは苦しむ他者から目を背ける事意味する。ではどうすれば良いのだろうか。

 舟と水中、波の音から、わたしたちはまだあの震災を超克出来ていない事を何度も何度も思い出さされる。そしてそれは経験していないはずの戦争の記憶すらも想起させる。完全なる忘却は、不可能であるのだ。