読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いずれのときに

y.nozaki000@gmail.com

選挙を控えて


 この自由の潮流そのものに、もはや眩暈を覚える。

 記憶に新しい所で、英国が国民投票により欧州連合から離脱した事が挙げられる。
EUをめぐる動乱は2009年のギリシアの財政破綻から始まったと考えれば、古代の哲人達が民主主義の危険性を説いたというのはひどくアイロニカルだ。
われわれは今、民主主義について考えるべき時なのかもしれない。

 来る7/10、第24回参議院議員通常選挙の投開票が行われる。
今回の選挙について、私が考える論点は二点ある。それはとても単純な物で、憲法改正に関する議論と、若者の選挙への眼差しについてだ。

 まず、前者、憲法改正について。
これは自民党が今回の参院選の公約に憲法改正を明記した事に端を発し、
それでいて具体的な憲法改正の議論を避け、経済成長をのみ選挙の争点にしようとする選挙戦略への不信感だ。
2006年発足の第一次安倍内閣のスローガン、
「創りあげたい日本がある。美しい国、日本。」
戦後レジームからの脱却」
この二つを見るだけでも、安倍首相が強く憲法改正を指向している事は看取出来る。
憲法とは、原則として国家権力の濫用を防ぎ、国民の権利を保証するものであり、近代国家の基盤とも言えよう。
日本国憲法は戦後間もなく施行され、押し付け論が虚しく聞こえる程の年月を経て一度の改憲もされぬまま今に到る。
そして今、その長い歴史に変化の兆しが訪れた。それも望ましいとは言えぬ形で。
2011年に提出された憲法改正草案は、積極的な改憲派知識人を護憲派へと変心させる程の代物だったわけだが、今回の選挙で憲法改正についての議論を自民党が避けるために、「安倍政権による改憲を是とする人、それに反対する護憲派」という構図が出来上がってしまった事は悲劇でしかない。しかも、前者の立場は厳密に言えば「自民党以外に政権を任せられる政党が居ない」という信念の下に投票先を決定しているだけに過ぎない。そして、参院選での勝利を、公約に載せているのであるのだから、民意は改憲を望んでいるのだと解釈される、過剰な悲劇は喜劇に映るとはまさにこの事であろう。

 次に、選挙権年齢が18歳へと引き下げられた事に関連する、若者はどのように選挙を見ているのかという事について。
投票を促す多くの声に、戸惑っている人も多いのではなかろうか。選挙は義務だ、いや権利だ、しかしどちらにしても選挙には行くべきだ、この種の論調はもはや暴力的な響きすら帯びる。
一般的に、政治家は人を政治から遠ざけようとする。とりわけ与党はそうであろう、十分な票田がある以上、全体の投票率が極端に下がらない限りは、どう動くか分からない新規票など無い方が良い。だから、アイドルに選挙へ行こうと言わせる広告を出し、選挙カーから自分の名前を壊れた人形の様に叫び、政治をダサい物としてパッケージング化している。これは政治について関心のある若者を見事に絶念させ、そして若者が政治を語る事に違和を覚えさせるのだ。
さらに言えば、党議拘束に縛られた政党に所属する個人に期待など出来ず、そもそも与党となる気のない政党にも同様の感覚を覚え、野党第一党が政策よりも与党のネガティブキャンペーンに終始する姿に絶望すら覚え、最後に絶対的な世代間闘争に帰結する。
この状況下で、政治に関心のある若者が、どのような関心を抱いて政治について思考しているのだろうか。国家を憂いた愛国者の皮を被り、解体不可能な構造を前に、娯楽物として消費しているのだろうか。

 希望を生む事が無いなまぬるい絶望を抱え、明日投票場に行く。